文に毒を含ませる達人の歴史評論 皇學館大学教授 新田均
(「神社新報」・平成15年 2月24日)
松浦光修氏は名文家である。それもただの名文家ではない。文に毒を含ませる達人である。その毒は強烈だが、若い世代にとっては解毒剤にもなるらしい。
その松浦氏がこれまで書きためてきた毒、ではなくて歴史評論を一冊にまとめられたのが本書である。名付けて「やまと心のシンフォニー」という。御本人は当初「日本思想の詩(うた)」という題にしたかったようだが、「思想」も「詩」も今日では全く本が売れない分野のトップ・テンに入るらしく、編集者にあっさり拒否され、このような柔らかい題になったのだそうだ。
文学と歴史学二つの背景
書きためた時期は昭和62年から平成14年までの16年間、扱っている時代は神武天皇から現代までに及ぶ。通常このように広い時代にわたる評論は、裏付けのない奇抜な思いつきの羅列か、退屈な通史に墜する危険性が高い。本書がそれを免れて、豊かな発想と確かな実証との巧みな組み合わせに成功しているのは、おそらく、著者が幼い頃から学校の勉強そっちのけで続けてきたという文学作品の読破と、大学院以来、地道に実行してきた原史料の発掘調査を旨とした着実な国学研究という、二つの背景があるからに相違ない。
平安時代に現代の鏡を見る「芳香の影」、近世民衆の尊皇心を論じた「菊の下草」、大東亜戦争をアジアの視点から語った「マカオの月光」、徳富蘇峰と平泉澄という二大巨人の感応を、”「悲劇」のうちに見られる「貴い精神」”に見出した「二つの史魂」など、本書には、簡にして要を得、明確にして魂に響く物語が満載されている。
若者の渇きに応える書
発売後まだ日も浅いが、すでに学生たちの中には、絶大な影響を受ける者が出始めており、次のような感想が寄せられているという。「喜びに頬は濡れ、何度読み返しても嗚咽は止まらない」「英霊にまつわる一連の話は読んでいるうちに涙が出てきて止まらなくなった」「この章(マカオの月光)を読み、私はとても嬉しく思いました。戦後の歴史教育を受けて来た私たちには、第二次世界大戦における日本は野蛮極まりない国であり、また侵略し、女を犯す日本兵には悪鬼さながらのイメージをもっていました」「感銘を受け、感泣を禁じえませんでした」。
何やら小難しいが中身のない学門らしき講義や、要するに祖国や祖先を貶めたいだけの説教に辟易している若者たちは、素直に祖国の大地に根を張り、力強く生きていける明るい物語を欲しているようだ。本書が、そのような若者の渇きに応えつつあることは誠に喜ばしいが、しかし、よく考えみれば、それは残念なことでもある。
学生たちが、これほどまでに感激し、回心しているということは、裏を返せば、心にしみる物語にこれまでまったく触れる機会がなかったということだろう。これが他大学の学生ならまだしも、「祖国愛の精神を教育培養」することを旨とする、我が皇學館大学にしてそうなのである。偉そうに評論する前に、私自身よくよく襟を正して、本書の語るところに謙虚に耳を傾けるべきなのであろうと深く反省した。