(「正論」平成18年5月号)
授業中も“株”が気になる「子供投資家」たち
「子供投資家」が増加しはじめたのは、昨年の秋かららしい。マネックス証券によると、今年2月の時点での口座開設数は約二千三百件にのぼっている。なお、現在の法律では、未成年の口座開設には保護者の同意だけがあればよく、取引額などの制限はない。そもそも立法府にとって、これほど多数の「子供投資家」の誕生などという自体は、「想定外」であったのであろう。
「子供投資家」の実態を具体的に紹介しよう。
青森県の高校三年生の女子(十八歳)は、昨年、「誕生日プレゼント」として売買口座と資金をもらった。
与えたのは、なんとその少女の父母である。やがて、その少女は身近な企業の業績を調べて投資を開始し、資金を増やした。しかし、一月の全面安で売り時を逸し、結局はマイナスになっている。
その少女は、こう語っている。「相場のチェックなど株に一日五時間は費やし、授業の合間にネットで値動きを見て売買することも。授業中は気が気ではありませんでした」。
ふつうの父母なら、子供がそうなることは、わかりそうなものである。株投資に賛成したのは母親の方で、はじめは父親は反対していたそうであるが、その父母の「顔が見てみたい」と思うのは、なにも私ばかりではあるまい。
神奈川県の高校三年生(十七歳)は、二年前から小遣いをつぎ込んで売買してきた。投機的銘柄が中心であったので赤字つづきであったが、ライブドア・ショックで、さらに損失が膨らんだという。
大阪府の中学二年生(十四歳)は、ライブドア事件の影響で値を下げたM&A関連の銘柄を、すかさず買った。現在は二銘柄を保有し、「四十五万円の資金が、十万増えた」という。
これらの現象について、森永卓郎氏は、こう警告している。「お金がお金を生むことを、子供たちに見せてしまうのは好ましくない。株式市場の役割は本来、リスクのある事業に投資家が出資し、うまくいったら配当を受けるもので、株の売買でもうけるのは本来の姿ではない。・・・子供たちは一度味を占めてしまうと、真面目に働くことができなくなってしまう」(以上、平成八年二月五日)。
森永氏の、他の発言はともかくとして、これは、しごくまっとうな警告である。ちなみに、この現象について、くり返し警鐘を鳴らしつづけているのが、曽野綾子氏である。
たとえば、曽野氏は、このように述べている。「経済的に自立した人が資産形成を考えるのが順序である。自分で働いた金を持たずに資産形成をしようと思ったら、詐欺や強盗をするか、宝くじ買う他はない」(平成十七年七月四日)、「子供が勉強もせずに、お年玉で二千円の株を五株買って儲けることを覚えればいい、というのは、子供に売春を勧めて『簡単にお小遣いがはいるよ』と教えるのに似ている」(平成十八年二月二十七日)。
同感であるが、さらに、私は、パチンコなどと同じく、十八歳未満の株式取引も法的に全面禁止とすべきである、とまで考えている。むろん、それをそそのかした大人は「幇助罪」に問いたい。
しかし、そもそもこのような警告は、あらためて経済ジャーナリストや著名な作家の筆を借りずとも、昔はごくふつうに大人たちが、ごくふつうに発していたものではなかろうか。そのような警告が、なぜ今の子供たちの、身近な大人たちからは発せられないのであろう。
それどころか、近ごろは臆面もなく、わが子を「セレブにしたい」、「ヒルズ族にしたい」などと公言してはばからない親たちもいる。それはたぶん「自分もセレブになりたかった」、「自分もヒルズ族になりたかった」という素朴な憧れや嫉妬の表現にすぎないのかもしれない。
しかし、父母のそのような思いが深く強いほど、たぶん“親に愛されたい”という思いの強い子供は、すすんで、“両親の夢を自分が実現しよう”とするにちがいない。表面上の理由はどうあれ、売買口座と資金を、娘の「誕生日プレゼント」にする母親とその娘の、両者の心の深層には、そのような「黙約」が、たぶん結ばれている。
とすれば、ことは経済問題のように見えて、経済問題ではない。どうやらこの問題は、子供たちの親の世代の“心のかたち”に起因するのではないか、という疑いもわいてくる。(つづく)