(「日本教育再生機構」HP・平成18年11月)
去る9月21日、東京地裁が、反日教師たちの非常識な訴えを全面的に認める判決を出したことは、教育界と司法界の思想的な異常性を、広く国民に知らしめたという点で、むしろ「プラス」であったろう。問題は、そのような国民世論から乖離した「化石サヨク」が、なぜいまだに教育界・司法界で強い力を保持しているのか、ということである。司法界の問題は、別に論じるとして、ここでは現在の教育界が、いわば世間とは常識を異にする「思想のガラパゴス諸島」のようになってしまった原因について考えてみたい。誰しも想起するのは、むろん「日教組」の存在であろう。
そもそも、なぜ「日教組」は、いまだに全国の小・中・高の約三割もの教員を組織しえているのであろうか? もしも反日教育という戦後教育の「病気」が日教組に由来するものであるのなら、私たちは表面的な日教組批判で終わるのではなく、その「病気」の「病根」を解明し、必要ならば「病根」にメスを入れる勇気をもち、それを正確に「摘出」する方法をも知らなければなるまい。
長年、日教組問題に取り組んできて、近年、私はその「病根」とその「摘出」方法が、明瞭に見えてきた。「病根」とは、彼らの“集票力”である。つまりは政治力であるが、その傾向は特に地方において著しい。そこから生じる政・官・労の癒着…、それこそが、じつは戦後教育の「病気」の「完治」をいまだに阻害し続けている「病根」なのである。
小手先の対処療法を、いくら繰り返してもムダであろう。いったんは小康状態に戻ろうと、しばらくすると、またその「病気」は、さらに悪性のものと化して、病状はさらに悪化する…。戦後の、いわゆる「教育改革」は、すべてこの類の失敗を繰り返してきた。「病根」に手をつけずに真の改革を行うことはできない。まずは政・官・労の癒着を断つこと。真の「教育再生」のためには、何よりもそれを優先して実現しなければ、すべての「改革」は“改革ごっこ”に終わる可能性が高い。
じつは…小泉内閣は、すでに昨年、その「病根」にメスを入れようとしていた。平成17年5月14日付の「産経新聞」には、自民党が地方公務員の政治活動を制限するための「関連七法案の改正案」を発表した、と報じている。地方公務員の政治活動を厳罰化しようとした法案であり、もしも、それがそのまま成立していれば、今ごろ日本の教育界は、劇的に変化しはじめていたであろう。しかし、公明党の反対、それに加えるに突然の郵政解散で、この法案は提出さえできないまま、いまだに棚上げにされている。
その法案が成立した後なら、たとえどんな大胆な教育改革案でも、それを実現することが、格段に容易になるはずである。その後に為すべき、具体的な改革案についても、私には今、私なりの腹案がいくつかあるのであるが、それらについては、また後日、あらためて述べたい。
(平成18年9月24日執筆)