(『BAN』平成27年8月号)
作家・岡本岡本綺堂の諸作品は、「江戸時代」を正確に描写しているという点で、いずれも高く評価されている。
綺堂は明治五年、幕府の御家人の長男として東京に生まれた人であり、江戸時代を、いわば“リアルタイム”で知っている人であるから、それも当然のことかもしれない。
綺堂の代表作は、『半七捕物帳』という推理小説である。
その「鬼娘」という作品には、こういう場面が描かれている。
半七が浅草の観音様に行くと、その境内で、武家屋敷の中間(召使い)らしき若い男が、銀杏の木にくくりつけられている。
何ごとか…と聞くと、その男は、奉納された鶏を、こっそり絞めて盗んでいこうとして捕まり、皆から袋叩きの目にあい、それで、こうしてくくりつけられているのだ…という。
どうやら「悪いヤツを見つけたら、皆で力をあわせて、自分たちで退治する」というのが、“江戸っ子の流儀”であったらしい。今日からすれば乱暴すぎる話であるが、そのような“名もなき民の治安維持力”があったからこそ、江戸は百万人という、そのころ世界最大の人口をかかえる都市でありながら、その治安を、わずか三百人ほどの与力・同心によって、維持できたのであろう。
そのような空気は、昭和三十年代のころまでの日本には、まだ残っていた(映画「三丁目の夕日」を想起していただきたい)。
なにしろ、そのころの「おじさん」の多くは「軍隊あがり」の猛者達であるし、「おばさん」の多くは「銃後の守り」を固めていた御婦人方である。
夜中、少年・少女が、うろついていたりすると、そういう「おじさん」「おばさん」は、「よその家の子」であろうと…なかろうと、容赦なく“職務質問”をしていたものである。
しかし、戦後七十年…、今はそのような“職務質問”など、とてもできる時代ではなくなった。
「よその家の子」を叱ろうにも、そもそも少子化で「よその家の子」そのものが、あまりいない(…)。
それどころか、その数少ない「よその家の子」に、やたらと声をかけると「不審者」あつかいされて通報されるか、あるいは“逆ギレ”されるのがオチである(近ごろ私は、ゴミのポイ捨てをしている少年を注意して“逆ギレ”されたことがある)。
なんとも、むずかしい時代になったものだ…と思う。
こうして今、わが国の“名もなき民の治安維持力”は、消えつつある。昔の日本と比べても、いろいろな外国と比べても、たぶん今の日本ほど、人と人の関係がパサついて“よそよそしい”社会も、そうあるまい。
それもあって、警察官の方々のご苦労も、いろいろと増えているにちがいない。
私としてはせびとも、わが国に古きよき時代の“名もなき民の治安維持力”を再生させたい、と願ってやまないのであるが、さて…どこから手をつけていいのやら、よくわからない。
そこで私は“もとから糺すしかない…”と考え、この十数年来、わが国の教育を再生させるため、いろいろと語りつづけ、書きつづけてきたのである。